長野日報土曜コラム 令和2年2月22日掲載
162 お金と付き合う1
「考えてみようお金とライフプラン」の執筆を始めた際はせいぜい10回くらい掲載を予定した。ファイナンシャルプランニングを通じて生活上の知力を伝えようと考えた。
ところがすでに14年に渡り掲載され、執筆を続けるうちにファイナンシャルプランニングの領域を大分はみ出してしまった。
長く続いた本コラムも今回を含めあと2回で終了することになったので、おわりに私自身のファイナンシャルプランニングの経験をお話しする。
株式投資
株式投資は社会人になり間もなく始めた。これは父親が株式投資を行っていた影響から投資に関心があり抵抗はなかった。
父親は銀行株を保有し株主に増資があるたびに少しずつ買い増した。有償増資でも単価50円で取得できるので買い得であった。当時は高度経済成長下では多くの企業が業績を伸ばしていた。銀行はそんな企業成長に融資を行っていたので、経済成長の波に乗っていた。
私の場合は投資と言っても賞与で気になる銘柄を時々購入していた程度である。会社四季報や投資雑誌を眺めながら勘を頼りに気になる銘柄を探した。
今では見かけなくなったが、銀行窓口と異なり証券会社に行くと当時は壁いっぱいに銘柄と相場が時々刻々と変わるボードがあった。取引時間中担当者は電話で顧客に今日の相場状況を説明し、店頭に訪れた顧客には比較的冷たい素振りであった。
部屋中がたばこの煙でかすんでいたのを覚えている。顧客もたばこを吸いながら会社四季報を眺め、担当者も加えたばこで電話をしている。今では考えられない光景であった。
株式投資は単元株制度と言って100株、1000株を一つの単位としてその整数倍で取引を行う。株価が1000円で1単元が100株であれば10万円を1口として整数倍で取引する。ある銘柄の株価が1万円であれば最低100万円が必要になる。
社会人間もない者が賞与で買えるのは株価が安く世間ではまだ注目されていない銘柄になるので、ギャンブルに近い取引であった。
投資行動はその銘柄の株価が少し上昇してきた時に購入し、ある程度上昇し利益が取れるところで売却しようと想定する。実はこれまでこのような想定道理に行動できたことは一度もない。
購入した途端下がったまま塩漬け状態で長期間過ぎる。運よく上がったらさらに上がることを期待して売る時期を逸した。「売りは買いより難しい」と言われるが、まさにその通りである。
当時のサラリーマン投資家はネットで株価を確認することもできず、前日の値を新聞で確認し、注文は電話で行うしかない。携帯電話のない時代だから昼休みに売買注文をするが、暇なサラリーマンではなかったのに良くできたと感心する。
担当者を信頼して任せることもあったが、担当者の電話の隣で今話したことと同じことを話している声が聞こえてきた時は多くの顧客に一斉販売している様子が伺い知れた。その時から営業担当者の話は半分くらいしか聞かなくなった。
株式は売買益だけではなく配当や株主優待なども投資家メリットがあるが、自身の勉強不足と情報不足から有効活用はできなかった。株式だけでなく債券や投資信託なども一括で購入したこともあるが、儲かった記憶は残っていない。
決して大金ではないが、株式を一括売買していると通算して損得がわからなくなる。ギャンブルのようなゼロサムゲームではないが、常に葛藤を抱えた状態で落ち着かない日々を過ごしていた。
保険加入
土曜日の午後家でのんびりしていたら戸別訪問で二人のセールスレディーがやってきた。これまで加入していたのが死亡時100万円程度の共済しか加入していなかった。最初の経緯は覚えていないが、ミッキーマウスのうちわやクリアファイルをいただいた。当時クリアファイルは今ほど安価に普及していなかったので有難かった。
2,3回目の訪問時、一人のセールスレディーが「保険はベンツにしましょう」といった。この言葉は当保険会社のトップセールスレディー柴田和子が言った言葉です。万一の時には5千万円では駄目です、1億円無ければ安心できません。そのためにせめて保険はベンツにしましょう。
万一の出来事はいつやってくるかわかりません。そんな時残された家族が安心して暮らすためにはベンツにしましょう。このトークで柴田さんは30年間生保販売日本一を継続してきました。
落ち着いて考えれば車はベンツにできないならばせめて保険はベンツにしましょうと言っている。失礼な言い分である。あなたに車のベンツを買えないなんて言われたくないし、ベンツよりフェラーリのほうが格好良く、ベンツより高い車は他にも数多い。
しかし熱く語られるとこの人に任せるかという気になるものだ。セールスは顧客の頭に残る論理ではなく心に残る衝動で勧めたほうが成績は上がる。
サラリーマンの死亡保障を説明するには、公的保障の遺族年金や勤務先の死亡退職金などがこのくらいあるので自助努力である生命保険はこのくらい必要であるなどの話は一切なかったと思われる。毎月このくらいの保険料ならば支払われるかなと思い契約した。
そして設計書の中でずっと気になっていたことがある。終身で死亡したら1千万円なのに途中で解約したら1千万円を超える金額が返戻される。こんなことがあるのか。当時はバブル崩壊前だったので予定利率が7%以上あったと思われる。だから死亡保険金より解約返戻金が上回るという今では信じられないことが設計書上表れた。
契約したのは当時お決まりの更新型定期付き終身保険であった。定期部分は10年更新型で医療特約が付いていた。毎月の保険料は3万円くらいだったと思う。
この保険は一度も使うことなく何年か後に解約した。定期部分が10年ごとに更新されるので、その際保険料が上がるとわかると騙された気分になり解約した。今考えると高い予定利率だったので終身部分を継続して残すもしくは払済み保険にすれば良かったと悔やまれる。感情的になって取る行動は後で後悔することが多い。
不動産経営
私がサラリーマンをしていた会社には一つのジンクスがあった。それはマイホームを建てると転勤するというものである。家族が引っ越せば新築マイホームは会社で借り上げ、反対に引っ越してくる者に貸すこともあるが住宅ローンを賄うにはほど遠い。
他人が住むことを嫌えば、家族は地元に残り単身赴任で転勤することになる。単身赴任先ではアパートを借りるので住宅ローンと家賃の二重払いになる。
それはもったいないのでマイホームを賃貸住宅にすれば、会社に借り上げてもらわなくても一般の不動産会社を通じて賃貸住宅として貸し出すことができると考えた。
子供が小さいうちは賃貸住宅でも間取りとして十分であり、他の部屋を貸し出せば家賃収入が得られ、ローン返済の自己負担はずいぶん軽くなった。
また家賃収入があれば不動産所得になるので確定申告が必要になる。当時年末調整の意味も分からず昨年の申告書の値をそのまま写していた者にとって大きな試練であった。
さらに建築にあたり隣地所有者にあいさつに行き、浄化槽の水を流すための許可を土地改良区に依頼など地域とのつながりを初めて経験した。
煩わしいと思うことはあったが、アパート経営を行うことで税務上多くのことを学んだ。青色申告をすることで青色申告特別控除が適用され、所得を減ずることができた。
また、不動産所得は建物の減価償却があるので赤字になり、それが給与所得と損益通算されるので所得税の還付が受けられる。
さらに事業主になったので将来の退職金積立として小規模企業共済に加入でき、掛金は経費処理される。思い付きで始めた事業で税務上の恩恵が受けられるとは想像していなかった。これまでサラリーマンという狭い社会で生活していたのかなと感じた
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